Can you hear you? ~体の声が聞こえていますか?~ PART2 尾形菜々さん

「ストレス」にかける技なし!?~最強彼女をも打ち砕くストレスの脅威~

空手道一筋の彼女が、しばらく胴着を脱いだ時期がある。4歳から高校までずっと道を究め続けた結果、ふと<普通の女の子>になりたくなった。当然父からは猛反対されたが、頑固に自身の意向を突き通した。もう二度と戻ることはないと、胴着も後輩に譲って決別した。

晴れて、憧れの女子大生生活。オシャレし、友だちとショッピングに出かけ、好きなものを食べ、アルバイトをする。一般女子の<当たり前>がどれも新鮮で楽しかった。あっという間に過ぎ去った2年間。順調に就職も決まった。可愛らしくて人当たりが良く、人との間合いの取り方に長けた彼女にはぴったりなデパート販売員の仕事。さぞ毎日が楽しく…と思いきや、そこには予想外の大きな試練が待ち構えていた。―お局さま。初めて体験する陰湿な<いじめ>の前に、百戦錬磨の彼女は完膚なきまでに打ちのめされた。耐えきれず、結婚・出産を機に逃げるように退社したというから可笑しい。彼女が勝てなかった相手とは、意外にも<普通のおばさん>だった。
一方で、長年にわたって心身を鍛えた彼女でさえ打ちひしがれたというのだから、「ストレス」というものは実に恐ろしい。

そんな<人生の敗戦>後、生まれた娘が1歳になったときに、父の道場で開かれた大会を子連れで見に行った。辞めて以来5年ぶりに訪れた道場。一生懸命に戦う子どもたちの姿がなぜだかとても輝いて見え、感動に震えた。もう一度ここに戻ってきたいという気持ちに突き動かされた。

そして復帰。丸5年動かしていなかった体は言うことを聞かず、ひどい筋肉痛に襲われた。しかし体は昔の感覚を忘れておらず、徐々に勘を取り戻す。そんな過程がとにかく楽しかった。いままで「やらされてきた」感のあった空手が、もはや楽しいものでしかなかった。
そうして自身は空手ができているだけで十分満足していたのだが、周囲が知らぬエントリーし、東日本実業団空手道選手権大会出場へ。一回戦負けを覚悟していたが、三位に入賞。それで全日本実業団出場権を得て、また全国で三位に。そのとき、もっといけるのではないか?という思いに駆られた。もう一度現役選手としていけるのではと。
そこからは稽古で自分を追い込んだ。練習量が豊富な学生たちに追いつこうと必死になるあまり、ハードな稽古を重ねて一時は全身がボロボロになった。母親なのだからほどほどにという周囲の声に、より一層やる気になったというあまのじゃくな一面ものぞかせるが、方や空手と主婦業との両立による体への負担や時間調整の困難、育児ストレスなど、現実は決して甘くない。うまくこなせない自身を許せない日々が続いた。
そんなとき、ふと自身の姿を俯瞰で捉えたら、状況の厳しさ以上に自分で自分を追い込んでいることに気づかされた。課していた食事制限や無茶な運動を避けるようになると、気持ちに余裕が生まれた。一息ついて呼吸が整うと、ストレスも自然に解消された。むしろ空手と家庭、両者の切り替えが生活のメリハリにもなった。もちろんその背景には同じく空手家である夫や家族の理解と絶大な支えがある、と感謝の言葉があふれる。幼少期は病弱だった娘も空手を通じて元気な小学6年生になった。「娘は私とは正反対。性格がおっとりしていて、動きも夫似で鈍い」そう。加えて、自分にはとにかく厳しかった父が、孫娘にはあきれるほど甘いのは少し不満だとか(笑)。仲の良い空手一家の様子が目に浮かぶようだ。

まとめ

当面の目標は、指導者として子どもたちをしっかり育成すること。空手自体が時代とともに変化しているため、子どもたちが勝てるよう新しいルールや技を覚えないと、と目を輝かす。自分が学んできた、体に染みついたスタイルを変えるのは思った以上に困難だというが、人のために強くなれる彼女ならきっと大丈夫だろう。
「私は選手としてやってきた期間が長く、大会での優勝経験もある。しかし皆がチャンピオンになりたいわけではなく、強いからえらいわけでもない。事実、自分の弱さを知ることでその対処法を考え、防御し、自身を高めていくのが空手道。強さを悪用するのは間違いで、人を守れる、強くてやさしい子たちを育てていきたい」。やわらかい微笑みを称えながらそう語る彼女に<真の指導者>の姿を感じた。
空手は2020東京五輪の追加種目として提案される。それを機にいま一度この日本発祥の武道が見直され、数多くの子どもたちが強くなる機会を得られればと切に願う。

プロフィール

尾形菜々(おがたなな):全日本空手道連盟公認三段、神奈川県空手道連盟強化委員。4歳で横浜東松涛館空手道場に入門。小中学生時代に全国大会優勝。結婚・出産を経て、ママ空手家として競技へ復帰。全日本実業団空手道選手権3位、東日本実業団空手道選手権準優勝。現在は横浜東松涛館空手道場指導員として空手道の普及や選手の育成に励む。

 

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